大判例

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広島高等裁判所 昭和37年(ツ)22号 判決 1963年5月22日

上告人 被控訴人・原告 杉本一子

訴訟代理人 錦織幸雄

被上告人 控訴人・被告 赤島徳宣

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人の上告理由は別紙のとおりである。

原判決は、証拠により、訴外谷口義博が被上告人から販売委託を受けて預つていた本件原動機付自転車一台を被上告人に無断でひそかに上告人に入質した上、被上告人に対しては他に販売した如く報告していたところ、被上告人よりその行方を怪しまれ昭和三三年六月三〇日自宅において右自転車の返還を強く迫られたため、一時ガソリンスタンドに預けてあるから直に取つて来ると称して自宅を出、上告人方に赴いて上告人の隙を窺い右自転車を上告人方から持逃げし、これを自宅に置いたまま逐電したこと並びに自宅にいた義博の母八重子は直に被上告人に対し義博が右自転車を持帰つた旨連絡したので、被上告人は使いを遺つて八重子から右自転車の返還を受けたことの各事実を認定した上、右事実関係によれば、義博と被上告人との間には同日右自転車返還の合意が成立し、義博は右合意に基いて被上告人に返還するため右自転車を自宅に持帰り、実母八重子の手を通じ又は被上告人の引取りに委ねてその返還を果そうと期し、結局上告人は八重子より右自転車の返還を受けたものであると判断し、被上告人は民法第二〇〇条第二項にいわゆる特定承継人に該当するとして、被上告人に対する上告人の占有回収の請求を排斥したものであることは、判文上明らかである。そして、原判決挙示の証拠に照らすと、原審の右事実認定は首肯するに足り、また右事実に基き原審が義博から被上告人に対し本件物件が任意に返還されたものであるとした事実判断にも経験則上不当な点はみあたらないから、これを是認すべきである。

ところで、前記事実関係によると、原判決の説く如く、被上告人と義博との間には本件物件につき販売委託に伴う代理占有関係があつたものと解されるので、被上告人は本件物件の占有者であるから、占有代理人である義博より被上告人に対し本件物件の所持が任意的に移転されても被上告人は占有の特定承継人となり得ないのではないかとの疑いがないでもない。しかし、占有侵奪者から目的物を借受け又は預つた賃借人、受寄者等の占有代理人が民法第二〇〇条第二項にいう特定承継人と解される以上、逆に侵奪者であるこれら占有代理人から目的物の返還を受けた本人も同様同条にいう特定承継人と解すべきであると考える。おもうに右民法の規定が善意の特定承継人に対しては占有回収の訴を提起しえないものとした所以は、侵奪者から善意の特定承継人に占有が移つたときには、占有侵奪によつて生じた秩序撹乱状態は既に平静に回復したものであるとして、事実状態の一応の保護を目的とする占有訴権によつて承継人の利益を害することは制度の趣旨を逸脱するものと考えたからであろう。ところで、占有の侵奪によつて秩序が撹乱されるという場合の占有は直接占有を意味するものであつて間接占有を意味するものとは解せられないから、その承継によつて秩序が回復されるという場合の占有の意味も右と同様直接占有を指すものと解すべきである。およそ、占有代理人は、本人のためにすると同時に自己のためにする意思を以て物を所持するのであるから、代理占有関係にある当事者の間においても、占有代理人の自己のためになす直接占有について変動がある以上、占有の侵奪ならびに承継の観念は認められるべきであつて占有代理人の直接占有をその意思に反して間接占有者たる本人が奪つたとき(本件において質権者である上告人と質権設定者である義博の関係がまさにこの場合にあたる)は占有回収の訴が許されると同様、占有代理人が現実に所持する物の直接占有をその意思に基いて本人に移転したときには、本人は占有代理人より、その物に対する直接占有を承継したことになるのであるから、この関係において本人を民法第二〇〇条第二項にいわゆる特定承継人と解し得る。したがつて、占有代理人である義博から本件物件の任意的返還を受けた被上告人を同条にいう特定承継人と解した原審の判断は相当である。

上告論旨は先ず、被上告人が実力を以て義博から本件物件を自己の占有に移したものであるとの事実を前提として被上告人を特定承継人であるとした原判決は法令の適用を誤つたものであると非難するが、原判決が上告人の右主張を排斥し、被上告人が義博から本件物件の任意返還を受けた事実を認定していることは前示の通りであつて、右は原判決の確定しない事実を前提とするものであるから、採用の限りでない。論旨はまた、原判決が代理占有と占有の特定承継人との関係について説示した点をとらえて、原判決に判断遺脱並びに主張しない事実を判断したことの違法があり、かつ理由不備または齟齬の違法がある如く攻撃するが原判決の右説示は被上告人を占有代理人である義博の特定承継人であると解するについて生じ得べき理論上の問題に答えたものに過ぎず、もとより所論の違法はなく、論旨はいずれも理由がない。

よつて、本件上告を棄却することとし、民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八七条にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本冬樹 裁判官 胡田勲 裁判官 長谷川茂治)

上告理由

一、原判決は法令の解釈適用を誤つて理由不備訴訟手続に関する法令の違背もある。

原判決の確定した事実によれば「云々控訴人が訴外谷口義博と同行しやうとしたところ、義博は入質の発覚をおそれて、右同行を断り、その后に於て前記のとおり、被控訴人から無断で、本件物件を侵奪したうえ、自宅に持ち帰り、控訴人にはその旨の通知もせず、自宅から逃走してしまつたこと、一方控訴人は義博の帰りを持つていたが、余りにも同人の帰宅が遅いので、なほも同人を探し求めているうち、右八重子から義博が本件物件を自宅に持帰つた旨の連絡を受け、店員をして右物件の返還を受けるに至つた」と認定した。

右原判決認定の事実に微すれば本訴物件は訴外谷口義博が上告人の占有を侵奪して自宅に持帰つて逃走したその直后右事実を知つた被上告人がその店員をして訴外義博宅より持帰らしめたのであるから被上告人は侵奪者たる訴外義博から侵奪物件の譲渡を受けたものでなく、被上告人はその所有権又は間接の占有権の行使に基き自力を以て侵奪者たる訴外義博の占有を店員をして奪はしめたものと認むべきである、蓋し所謂侵奪者の特定承継人とは侵奪者から売買、贈与、交換等其他占有権譲渡の合意に基く所持の移転行為があつて始めて特定承継と認むべく然らずして原判決が認定した如く自力を以て侵奪物件を侵奪者より自己の実力支配内に置いたとするも之を以て特定承継があつたとは謂い得ないであろう。此場合仮令被上告人が本権を有したとするも実力を以て自己の占有に移す行為は矢張り占有の侵奪たるに変りなしと信ずる(大正八年(オ)第二〇八号、大正八年四月八日大審民一部判決)

原判決が被上告人を侵奪者たる訴外谷口義博の特定承継人と認定したのは原判決の確定した事実に対する法令の適用を誤つている而して原判決は前記の確定した事実に対する法律上の判断を示すにつき「云々この場合控訴人が義博から侵奪物の返還を受けて、その所持の移転を受けたとしても、それは本人が占有代理人に与えた物件の占有を、自己の所有権乃至占有権に基いて回復したに過ぎないから、右両者間には占有承継の事実がなく、民法第二〇〇条第二項所定の特定承継人に当らないやうであるが」と判示し乍ら「若しそのやうに解するときは、「本人がいかに善意で侵奪者たる占有代理人から侵奪物の移転を受けたとしても」との前提から「代理占有関係が存在する一事を以て代理占有関係とは全く無関係な占有代理人の侵奪行為を原因として被侵奪者から侵奪物の回復請求に無条件に応ぜざるを得ず、云々」と判示した。

併し乍ら本件は原判決が前段に於て認定したとおり侵奪者たる占有代理人谷口義博から被上告人は侵奪物の占有の譲渡を受けたものではなく単に被上告人が其所有権乃至占有権に基き侵奪者宅から侵奪物を持帰つてその占有を回復したに過ぎないのであつて前記原判示の如く「本人がいかに侵奪者から善意に侵奪物の移転を受けたとしても」との前提は全く仮空の前提を立てたものであり、そして「若し斯く解するときは代理占有関係が存在する一事を以てこの関係とは全く無関係な占有代理人の侵奪行為を原因として被侵奪者から侵奪物の回復を無条件に応せざるを得ず」と結論したけれども被侵奪者が侵奪物の回復請求を受ける者は善意の侵奪者の特定承継人以外の侵奪者及承継人であつて代理占有関係とは何等の関連はない仮令代理占有関係があつても占有代理人の侵奪した物件の占有を善意に譲渡を受けた本人は特定承継人として被侵奪者からの回復請求に応ずる義務たかるべく他面代理占有関係がなくても侵奪者の占有物を無断持去つた第三者は特定承継人と云ふを得ず被侵奪者からの占有の回復請求に応せざるを得たいであろう此点に於て原判決は理由不備の違法がある。

而も上告人は原審に於て「控訴人は本訴質物の不法侵奪者である訴外谷口義博の意思に基かずして該質物をその店員大木公夫をして持帰らしめその占有を奪つたものであつて占有の特定承継人ではない、単に訴外義博の不法占有がその侭控訴人に変つたと云ふ外形的事実あるに過ぎない」と主張した(昭和三五年二月八日付準備書面二、参照)のに原判決は前記述の如く上告人の主張せざる事実を創定して之を前提として代理占有関係の有無によつて保護の権衡を失する旨首肯に値しない判断の許に上告人敗訴の判決を言渡した換言すれば原判決は上告人の主張事実に対する判断を遺脱し主張せざる事実につき判断したものであつて此点に於て原判決は訴訟手続に関する法令に違背している。

更に原判決は被上告人は侵奪者たる訴外谷口義博の特定承継人と認むべきであることの理由として「代理占有関係ある場合と然らざる場合とでは云々保護の権衡を失する」事由を以て本訴物件につき占有を回復した被上告人に特定承継に関する民法第二〇〇条第二項を適用すべきであると判示した。

併し乍ら前縷述のとおり代理占有関係の有無によつて毫も保護の権衡を失する理由はなく要するに被上告人が侵奪者たる訴外谷口義博より侵奪物の占有の譲渡を受けたか否かそしてその譲渡を受くるに際し善意であつたか否かに因つて本訴回復請求の有無を判断すべきであつて、このことは代理占有関係の有無とは毫も関連はない。

此点に於ても原判決は理由を付せず又理由に齟齬がある。

以上の次第であつて本件事案を通覧するに訴外谷口義博は被上告人より販売委託の為め任意にその引渡を受けて占有中の本訴物件を右事実を秘して上告人に入質したのであるが一方被上告人より返還を迫られたので、上告人に対し入質物の掃除をしてやると上告人方で払拭をしている間之を奪つて自宅に持ち帰つたものの実母八重子に対し被上告人に返還してくれとも云えず即ち上告人に対しても被上告人に対しても何れかに返還すれば自己の不正が発覚するので其処置に窮した結果該物件を自宅に放置したまま逃走したのである其の直后被上告人は店員をして右侵奪物を持帰らしめたものである。

右事実関係から考察して原判決が本訴物件を販売の為め任意に其占有を移した被上告人に厚く、その意に反して奪取せられた上告人の回復請求を理由なく排斥し自力救済に因つて占有を回復した被上告人を特定承継人と認定したことは右事実に対する法令の適用を誤つたものである。

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